素面で読むベルギー文学入門 前篇

さて、繰り返しになりますが、ベルギー文学といってもピンとこない方も多いのではないでしょうか?
どんな作家がいて代表作はなにか?日本ではあまりベルギー文学のことが知られていませんが、この言わばマイナー性は故なきことでもないのです。

大国主義の日本では英独仏の文学ほど詳しく取り上げられる機会が少ないという事情もありますが、そもそもベルギー文学について語ること自体が常にある種の困難につきまとわれる運命にあり、それはベルギーという国自体を端的に特徴づけ、ベルギー人のアイデンティティにも関わってくる、ベルギーという国家がおかれた状況に由来するものなのです。

まずは、ベルギーという国そのものを理解するためにも、遠回りですが、そのあたりの事情から始めましょう。

フランス文学の下位カテゴリー?

ベルギーが多言語・多文化国家であること、しかも、その多言語というのがフランス語・オランダ語・ドイツ語というベルギーの外部に中心を持つ大言語であるという事実が、そもそもベルギー文学とは何かという根本的な定義を複雑なものにし、固有のベルギー文学は可能かという問いが文学研究のテーマになってしまうような事態を引き起こしています。
日本文学とは日本人が日本語で書いた文学、フランス文学とはフランス人がフランス語で書いた文学といったような、一言語・一国家・一民族という信念、いや幻想に基づく定義ではたちまちにして把握不能に陥ります。ベルギー語で書かれた文学というものは存在しない、というより、そもそもベルギー語などありませんし、さりとて、ベルギー人が書いた作品でも、例えばフランス語で書かれていたなら、オランダ語話者には必ずしも読めるとは限らないのにフランス人なら読めるわけで、それはもはやベルギーで書かれたフランス文学ではないのかという問いに晒されることになります。もし日本でメーテルリンクを研究しようと思ったらその制度的な枠組みは仏文になるという事実が、このあたりの事情を端的に表しているといえます。

実際、近づくにせよ遠ざかるにせよ大国フランスとの距離の取り方はベルギー文学史上つねに重要なテーマでしたし、ベルギーには固有の文学作品を評価するための審級がないという指摘に対して、ベルギーにも遅ればせではあったがアカデミーが作られ、文学賞も設けられたという反論もありますが、現に有名なベルギー人作家が世界的に認められるようになったのは、ゴンクール賞であったりノーベル賞であったりと、国外のより上級とみなされている審級の評価によるものなのです。

オランダ語で書かれたベルギー文学

また、ここまでの話はすべてフランス語で書かれたベルギー文学のことばかりでしたが、当然のごとくオランダ語で書かれたベルギー文学もあるはずです。しかし、オランダから独立した国家であるベルギーは長らくフランス語のみを公用語としていたという経緯があり、オランダ語で書かれた作品は公式にはベルギー文学ではなく、ヴラーンデレン(ベルギーのオランダ語圏)文学と呼ばれてきました。
皮肉なことにその特殊性故、ヴラーンデレン文学はフランス語によるベルギー文学よりも早くから民族性・独自性を強め、却って大国フランスに飲み込まれることのない自律的な存在になっていきました。そして、第二次大戦後、ワロニー(南ベルギーのフランス語圏)を支えていた石炭産業の斜陽化とともに、北部のオランダ語圏の地位が相対的に高くなるという逆転現象が起きます。
それでは、今後はオランダ語によるベルギー文学が主流になっていくのかというと、ことはそう簡単でもなく、ワロニーの相対的な経済的地位の低さが教育水準の問題と絡み合って、現在のベルギー・フランス語話者の多くはオランダ語を解しません。そうなってくると、やはり国民の半数近くが読めない国民文学というものにはその正当性に疑義が残りかねません。

首都ブリュッセルという矛盾

フランス語で書かれたベルギー文学とオランダ語で書かれたベルギー文学という二項対立だけではなく、更に問題を複雑にしてきた地域があります。ベルギー国内のドイツ語やワロン語(系統的にはフランス語と同じオイル語起源だが大きく異なる別言語)による作品もあるようですが、それらは今のところ地域文学という範疇にとどまっています。
ベルギー文学について考える上で何よりも厄介なのが、他ならぬ首都ブリュッセルで生まれ、ベルギー文学の地位を大きく向上させた立役者、ベルギー象徴主義文学の存在なのです。

地理的にはオランダ語圏にあるブリュッセルは、しかしながら、かつてはフランス語のみが公用語とされていた国の首都として、フランス語地域の飛び地となっています(現在は両言語併用が原則)。元来はオランダ語圏で民族的にはヴラーンデレンの人たちが、国家の言語としてのフランス語話者になっていくという潮流がかつてはあって、実際、有名なメーテルリンク(Maeterlinck)もその綴りが示しているようにヴラーンデレン人なのです。
そういったフランス語話者の多くは、それでも自分たちはヴラーンデレン人だという意識を保ち続けており、ここにヴラーンデレン人がフランス語で書く、しかも、フランスとの差異化のためにヴラーンデレン的要素を大いに援用したベルギー文学という捻れに捻れた状況が生じたのです。

ベルギー文学は可能か?

以上のような経緯をふまえて最初の問いである「ベルギー文学は可能か」という命題に立ち返ってみると、私たちがベルギー文学というものをはっきりとはイメージできないのも致し方ない部分があるということが分かるでしょう。
またフランス語で書かれた文学の話に戻りますが、今はミラン・クンデラやアゴタ・クリストフといったフランス語を母語としないフランス語作家や、ガオ・シンジェンという亡命の結果とはいえフランス在住フランス国籍で中国語で書くノーベル文学受賞者もいるのです。ポストコロニアル文学のことも考え合わせると、ベルギー文学どころかフランス文学の境界さえ曖昧になりつつあります。

そもそも、一国家・一言語・一民族・一文化という前提に因って立つ「国民文学・国家文学」というパラダイムそのものがすでに過去の遺物であり、ましてや、他言語多文化国家であるベルギーにとって、「ベルギー文学とは何か」という問いはアポリアであることを宿命づけられているのです。
素面で読むベルギー文学入門 後編 へつづく

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