ベルギービール 究極の3銘柄

奥深いベルギービールの森に入って行くきっかけとして、星の数ほどあるベルギービールから、その中でも少し特別な銘柄を3銘柄4本取り上げて紹介しようと思います。いずれも有名でファンの間でも評価の高いビールなので、すでにご存じの方も多いと思いますが、これからベルギービールのことを知りたいと思っている人のための手がかりとして、美味しい、有名、話題としてもおもしろいという三拍子の揃った(?)ビールにしました。
ここで取りあげる3種類は個性派ぞろいのベルギービールの中でも際立った存在で、異彩を放っていると言えるかも知れませんが、特殊なのあくまでもその外的な要素の話であって、ビールそのものはいずれも本格的な味わい、むしろ、その味にこそこだわりのある4本で、それ故に極めて個性的なビールとなっています。

馭者に愛されたKwak

フランス民法典(いわゆるナポレオン法典)が今日のベルギーの地でも有効だったころの話ということですから、19世紀のどこかなのでしょう、ヘントとメヘレンという大きな街を結ぶ街道沿い、その中間辺りにデンデルモンデという宿場町がありました。その地でビール醸造と宿屋を営むパウエル・クワックという人がいたそうです。
当時の街道沿いの宿屋というのは宿泊客相手だけではなく、旅人の昼の休憩や馬車の馬の付け替えの場としての機能も併せ持ち、時には食事を、同時にお酒も提供する場所であったので、郵便馬車でやって来て休憩する客たちに、クワックは自ら醸造したビールを出して、たいへん好評を得ていたということです。
郵便馬車というのは郵便物を運ぶだけではなく、客を乗せて中距離程度を短時間で結ぶ快速馬車でもあったのです。

ところで、ナポレオン法典では、郵便馬車の馭者が行路の途中で馬車から降りることを禁止していました。したがって、馭者はクワックの評判高いビールを飲むためにテーブルにつくことができなかったのです。今なら当たり前のように思えるこの決まりも、わざわざ明文化するほどですから、馭者が行路の途中で馬車から降りて食事を取るということも当たり前のように行われていたのでしょう。
しかし、恐らくは郵便馬車の馭者がその仕事中に責任ある場所から離れることを禁じていただけなのでしょう、アルコールを飲むこと自体を禁じている規定があったわけではないようです。そこで、クワックはテーブルにではなく、馭者台に引っかけて置けるように工夫したグラスを考案して、馭者台に座ったままでビールを飲めるようにしたということです。

今日、Kwakという名で売られているビールは、当時からずっとそのまま造り続けられてきたわけではなく、近年になって再現されたもので、デンデルモンデの隣にあるブヘンハウトのボステールス醸造所で造られています。そして、グラスは今でも当時と同じ形のもので提供されているのです。
初めて目にした人は、「これはフラスコ?それとも大きな一輪挿し?」と思われるかもしれませんが、真ん中の細くなっているところを馭者台の切り欠きにひっかけて固定するように作られているのです。

この腰がくびれたような形状のグラスにKwakを注ぐとしっかりと濃厚な泡が立ち、甘味とコクがあってアルコール度数も高めのストロングエールをよりよく味わえるようになっています。
どちらかというと低めの温度で出されるKwakですので、泡が立ち過ぎないようにそっとではなく、ある程度の勢いをもって注いだほうがいいそうです。

底が丸く単体では自立しないこのグラス、今日では馭者台でなくても飲めるように(!)、今日では把手付きの専用の台に固定されてサーブされます。この台がまた試験管立てのようで面白いのです。
このグラスと専用台のセットも販売されていますので、Kwakが気に入ったら自宅用に1ついかがでしょうか。写真は高さが25cm程のグラスで、330ml瓶のKwakがちょうど入るサイズなのですが、大瓶用に高さが40cmを超えるグラスもあります。
途中が極端にくびれていて底の方を洗いにくいので、Kwak専用の洗浄ブラシもあるということです。ただし、専用ブラシは中々手に入らないかもしれないので、そういうときはほ乳瓶洗浄用のブラシで代用できます。グラスの内側に細かい傷がつくと泡立ちなどに影響があるので、あまり固いブラシはさけた方がいいかもしれません。

修道院から生まれたOrval

Orval修道院 Photo ©WBT - Jean-Luc Flémal

本当に色々な種類のあるベルギービールの分類方法は、これまた色々とあるのですが、その1つに修道院ビールというものがあります。その名の通り修道院で造っているか、かつて造られていた(今は外部の醸造所に委託していたり、当時のレシピを再現している)ビールのことです。
修道院のような宗教施設でビールを造っていると聞くと、たいていの日本人は驚いたり、不思議がったり、珍しがったりします。

しかし、「ビールの歴史」でも書いたように、キリスト教とお酒の親和性は高く、歴史的に見れば、修道院でのビール醸造はごく自然なことでした。その流れを今日まで受け継いでいるのが修道院ビールというわけです。
今日では修道院の多くが閉鎖されてうち捨てられたり、修道院としての活動を続けてはいても昔日の(世俗的な)繁栄からは程遠く、ビール醸造は大昔に途絶えてしまっているケースがほとんどですが、中にはビール造りのレシピが今でも残されていて、外部の醸造所がそれに基づいて造っているというところもたくさんあります。
また、修道院自体は閉鎖されていても、そこで造られていたビールのレシピが何らかの形で残っていて、それを近年になって再現したというビールもあります。
それらのビールを総称してアビー・ビールといい、銘柄としてはLeffe, Maredsou, Steenbrugge, St Feuillienといった辺りが日本でも有名です。

修道院のビールのうち、現在でも厳律シトー会(トラピスト会)の修道院で造られているものを、特にトラピストビールと呼びます。
国際トラピスト協会によって厳密に定義・管理されているトラピストビールは、全部で11銘柄あって、ベルギーのAchel, Chimay, Orval, Rochefort, Westvleteren, Westmalle、オランダのKoningshoeven (la Trappe)とZundert、オーストリアのEngelszell、アメリカのSpencer, フランスのMont des Catsです。
以前ははベルギーの6銘柄とオランダのla Trappeを合わせて、世界中で7種類しかないとされてきましたが、ここ何年かのあいだにアメリカやオーストリアで新たに醸造が始まり、トラピストビールの種類は増えてきました。
また、フランスのMont des Catsは国際トラピスト協会のwebサイトではトラピストビールとされていますが、Authentic Trappist Productのロゴをつけていないということです。この辺りの事情は詳しく調べて、あらためてレポートしたいと思っています。

増えたとはいっても、たったの11種類しかないトラピストビール、その中でも多くのファンを惹きつけてやまないのが、ベルギー南部にあるNotre-Dame d'Orval修道院で造られているOrvalです。
トラピストビールの最高峰ともいわれるOrvalは、甘味や酸味を抑えた、ホップの香りと苦味が特徴のフルーティーなビールです。トラピストビールというのは、その定義からいってビールそのものの特徴を表してはいないため、実際には、例えばChimayならChimayという1つの銘柄の下に異なる種類のビールが作られているのですが、Orvalは正にこの1種類しか造っていない、こだわりの1本となっています。

また、トラピスト・ビールにも銘柄毎に専用のグラスがあり、たいていは聖杯型になっています。聖杯とはゴブレットとも呼ばれ、最後の晩餐で使われた杯であるとか、磔刑の際にキリストの血を受けた杯であるなどとされており、特に後者はそれを探し求める聖杯探求の物語が中世には文学の一大ジャンルをなしたほどのものです。
修道院で造られたビールに聖杯型のグラス、その厳かともいえる組み合わせは正にベルギービールならではの楽しみでしょう。OrvalかChimayのグラスは比較的容易に買えるので、1つ聖杯型のグラスを持っておくといいかもしれません。

またトラピストビールはアメリカでは大人気で、生産量のかなりの部分をアメリカに輸出しているので、とりわけ生産量の少ないOrvalなどはベルギー本国で入手困難になっているという話を聞いたことがあります。

日本発のベルギービール「馨和 KAGUA」

最後に、普段はベルギー本国でならもっと安く飲めるのにと嘆くことしきりのベルギービールファンにして、日本に生まれてよかったと思わせるビール「馨和 KAGUA」を紹介します。
このビールは「産業化によって画一的な大量生産商品になってしまったビールの多様性と豊かさをもう一度取り戻す」というミッションの元、「和の食卓・和の空間に映えるビール」というコンセプトに基づいて、日本でレシピを考案したものをベルギーで醸造しているという、逆輸入とも言えそうなベルギービールなのです。

馨和には、小麦麦芽も使用して苦味やモルト感は穏やかでフルーティーなBlanc(白)と、モルトとホップ感がしっかりと出ていて高いアルコール感があるRouge(赤)の2種類があり、それぞれに日本を象徴するハーブとして、ゆずと山椒が使われています。
Blancのゆずにはブランドとしても全国的に有名な高知県馬事村産のものを、Rougeの山椒には生産量の70%を占める和歌山県から評価も高い有田川町産のものを使用、原料としていったんベルギーに運んでいるそうです。
これほどのオリジナリティの高いビールを醸造できる高い技術力とビールへの情熱を持っている醸造所として、ヘント郊外にあるDe Graalで醸造、酵母にもそれぞれのハーブの香りをひきたてるべく異なるものを使用するというこだわりぶりです。
そして、できあがった馨和は高級ワインと同じように万全の温度管理、光対策、振動対策で日本に運ばれてきます。

ラベルデザインも日本の伝統色である胡粉色(ごふんいろ)と茜色を用いて、シンプルで洗練された和の美しさを感じさせるものになっています。
このような最高のビールへのこだわりとトータルイメージの高さが相まって、日本では高級レストランを中心に提供されているほか、ANAの国際線ファーストクラスのドリンクとしても採用、さらには海外でも高い人気を誇り、イギリス、フランス、アメリカ、タイ、シンガポールなど9カ国に輸出されています。

馨和は香りが高くハイ・アルコールのビールのため、その個性を最大限に味わえるよう、通常のタンブラーなどではなく、ワイングラスで飲むのがお勧めです。
また、組み合わせる料理も色々と考えられますが、びあトモのおすすめは鰻です。Rougeには蒲焼きを、それも関西風に蒸さずに焼いた脂がのって皮の香ばしいものを、Blancには白焼きがよく合います。


以上の4本はそれぞれ味も香りも大きく異なるビールで、好みによっては究極の1本になり得る実力もあるのですが、それでも、あまりにも奥深いベルギービールの世界のほんの一端に過ぎません。次のページからは、ベルギービールを大きく10種類に分類して、それぞれに代表的な銘柄とともに紹介してゆくこととしましょう。

>> ベルギービールお勧め10選

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