千野栄一『ビールと古本のプラハ』(1997) その2

チェコのビール

さて、『ビールと古本のプラハ』を片手に飲むビールは、もちろんチェコのビールがいいでしょう。
チェコはご存じの通りピルスナー・ビール誕生の地であり、飲まれるビールのほとんどがピルスナー、飲み方もそれに合わせてよく冷やして飲むといった具合に、日本でのビールの一般的な楽しまれ方と同じ、いや、この場合は、日本がチェコと同じなのです。

チェコを代表する銘柄としては、まずはプラズドロイかブドヴァルといったところでしょうか。
プルゼニュスキー・プラズドロイ(Plzeňský Prazdroj)は、世界的にはドイツ名のピルスナー・ウルケルの名で知られています。
ブディエヨヴィツキー・ブドヴァル(Budějovický Budvar)の方はこれまた世界的に有名なバドワイザーの元ネタ(?)として有名で、これはバドワイザーの創始者が自分のピルスナー・ビールを売り出すに当たって、その時点ですでにその名を知られていたバドワイザー(ブディエヨヴィツキーのドイツ語Budweiserの英語読み)の名にあやかったというものですから、どちらがご本家なのかは言わずもがな、本家がアメリカに販路を広げようとしたときにその名を巡って訴訟となり、バドワイザー側がすでにこの名前で40年もビールを売っているのだと主張したところ、こっちはすでに400年前から使っていると反論したと本書にも書かれています。

どちらがいいかはお好み次第、さらには千野先生曰く、瓶などではなく、プラハのビアホールに行ってドラフトで飲むのが最高にうまいのだとか。
自分でこの文章を書いていて可笑しくなってきたのですが、普通「瓶で飲む」というのは瓶ビールをグラスに注いで飲むか、あるいは、豪快にというかお下劣にというかラッパ飲みのどちらかでしょうが、「ドラフトで」という場合、まさか直樽でいく人はいないでしょう。
しかし、彼の地の人たちは、もういっそ最初から樽でやった方が早いのではと思いたくなるほどに飲みます。さすがは世界一のビール消費国だけのことはあります。

スタロプラメン

せっかくなので、プラズドロイとブドヴァル以外のチェコの銘柄はないかと探してみると、偶然にもスタロプラメン(Staropramen)というのを買うことができたので、今回はこれを飲んでみようと思います。

スタロプラメンはなんでもプラハでいちばん売れているブランドだそうで、うまくて安いのがセールスポイントということ。
プラズドロイがプルゼニュの、そして、ブドヴァルがチェスキー・ブディエヨヴィツキーのビールであるのに対して、スタロプラメンはプラハのビールなのです。

ところで、このスタロプラメンは『ビールと古本のプラハ』の中でも触れられていて、どちらかというと否定的な扱い。一般的な評判としては、確かに安くていちばん飲まれているし、醸造所がプラハにあることも相まってプラハのビールの代表ともいえるが、味もそれなりで、美味しくないビールという文脈で語られることも多いとか。
これは日本でも人気のあるサイレンのコーヒーショップが、実はコーヒー通からはまずいと言われているのと似たような現象でしょうか。

筆者のチェコ語の能力では真相の程を突き止めるまでには至りませんでしたが、一時は工場の施設などが老朽化していて、確かに味が落ちていたらしいのですが、今では設備刷新とともに再び評価を上げつつあるようです。

そして、チャペック

さて、最後に再び筆者の個人的な思い出話に戻ります。

初めて千野先生にお会いしたのは、私が通っていた大学院の集中講義に千野先生が出講されたときのことでした。初日の授業後、ミーハーなことにも有名人の千野先生にサインをもらおうという学生が何名もいて、恥ずかしながらも、私も講義最終日にその最後尾に並んで、おずおずと1冊の本を差し出したのでした。

その本というのが『ポケットの中のチャペック』、先生が日本での普及にずっと尽力されてきたチェコの作家カレル・チャペックについての1冊でした。
他の学生の多くが『外国語上達法』にサインをもらっている中で、1人『ポケットの中のチャペック』を差し出した筆者のことを先生はどのように思われたのか、ついぞ直接にそのときのことを聞く機会は訪れませんでしたが、チェコ語でサインしていただいたのでした。

蔵書がその人となりを表すというのを、正に地で行った瞬間で、そこから色々とチェコ語の話などを聞かせていただけるようになったのでした。当日の朝まで『プラハの古本屋』とどちらにサインしてもらおうかと悩んでいたのですが、今にして思えば、厚かましくも両方出せばよかったのかなと思い返すこともあります。

などと、余計な思い出話に浸っているうちに、せっかくのビールも少しぬるくなってきたようです。
「これだから仏文系の人は困る、ビールがぬるくなっても構いやしないんだから」と、天国で先生は苦笑されているかもしれません。

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kiyora

author : kiyora
my favorite beer : Dead Pony Pale Ale