アイアン・メイデン『パワースレイブ』(1984)

Rime of the Ancient Mariner

サマーセットにある老水夫の像 © Ben Salter, on Flickr

アルバムのラストを飾るRime of the Ancient Mariner(邦題『暗黒の航海』)は13分45秒にも及ぶ大曲で、ファースト・アルバムのPhantom of the Operaに始まり、Hallowed by the NameTo Tame the Landと続いてきた7分を超えるような大作傾向の極北となるものです。
当時はまだLPレコードの時代ですから、13分超えというと実に片面の半分以上を占めることになりますし、ラジオでオンエアされたり、その頃興盛を極めつつあったMTVでビデオクリップを放映されるためにも、曲の長さは5分以内という傾向が強かったので、プログレならまだしも、HM/HRで13分というのはことさらに長大に感じられたものです。

前作のthe Trooperについで、このRime of the Ancient Marinerも有名な詩篇に依拠して作られた楽曲で、ロマン主義の詩人コールリッジが1798年に発表した「老水夫行」(原題は同じ)が下敷きとなっています。
ワーズワースと並んでイギリスのロマン主義を代表するサミュエル・テイラー・コールリッジは一般的には幻想詩人として知られており、「老水夫行」は「クーブラ・カーン」「クリスタベル」とともに三大幻想詩として彼の代表作であるのみならず、英文学史においてもきわめて重要な地位を占めています。

全7部625行に及ぶこの長大は、初期の版の巻頭に掲載されていたargument(梗概)によると、「赤道を越えた一隻の船が南極の方の極寒の地に嵐によって流された様。そこから、船が進路を変えて熱帯の太平洋に向かった様。そして、降りかかってきた怪奇なできごとについて。そして、いかにして老水夫が故国にたどり着いたか」というストーリーとなっています。 冒頭の何行かを引用してみましょう。

It is an ancient Mariner,
And he stoppeth one of three.
'By thy long grey beard and glittering eye,
Now wherefore stopp'st thou me?

(8行省略)

He holds him with his glittering eye
The Wedding-Guest stood still,
And listens like a three years’ child:
The Mariner hath his will.

老水夫が婚礼の宴に向かっている若者を引き留め、若者は意に反して老水夫の言いなりで、その場に立ち尽くして話を聞かされるということが最初の20行ほどで書かれています。
Steve Harrisの書いた、Hear the rime of the Ancient Mariner / See his eye as he stops one of three / Mesmerises one of the wedding guests / Stay here and listen to the nightmares of the sea. という出だしの部分は正にその要約となっています。
また、歌詞の途中にはコールリッジの詩をそのまま引用しているところも2個所ほどあります。

Day after day, day after day,
We stuck, nor breath nor motion;
As idle as a painted ship
Upon a painted ocean.

BrewdogのOld World IPA 撮影協力 : 東京リカーランド

Water, water, every where,
And all the boards did shrink;
Water, water, every where,
Nor any drop to drink.

来る日も来る日も船はまったく動かず、見渡す限り水ばかりなのに、飲める水は1滴もないと歌われていますが、これは船乗りが殺してしまったアホウドリの呪いのせいでした。上の画像でサマーセットの寒村にある老水夫の像が首からぶら下げているのも、彼が殺したアホウドリなのです。
呪いでまったく進まなくなった船上で、船乗りたちは次々と死んでゆくなか、老水夫だけがいかにして生き残り、そして、生きとし生けるすべてのものへの愛を語り歩くようになってゆくのかと物語は進んでゆきます。

この「老水夫行」を含むコールリッジの対訳詩集が岩波文庫から出ています(詩のタイトルは「古老の船乗り」)。少々古めかしい英語ですが、注もついていますので、ぜひSteve Harrisの書いた歌詞と比べてみることをお勧めします。全体として原詩にかなり忠実で、言葉づかいも意識していることが分かるでしょう。

kiyora

author : kiyora
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